写真の館 TRAIN 最終更新日
2006年4月1日

小田急線
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現役車

画像 解説
1000形
小田急の主力車両。
4・6・8・10両とたくさんの種類がある。
扉が1.6mのワイドドア車もある。当時は、2.0mだったが、座席数が少ない等と苦情が多く1.6mに改造された。
メトロ乗り入れ車もある。
当時は、扉上にLCD(液晶)案内装置があったが、現在はLED式に変更されている。
小田急初のVVVF車でもある。
2000形
8両固定編成で、主に小田原線、多摩線の各停・区間準急の運用に入る。
原則として江ノ島線には駅ホームの短さが原因で入らない。
ドア・車内は1000形(ワイドドア車)の改良といえる。
また、正面の方向幕がLED式を採用した。
3000形
6両・8両があり、現在も大繁殖中。
2600、4000、9000の置き換えとして登場。
1次車はワイドドアで、2次車以降はJRのE231をベースにしたものとなっている。
最近の車両にはLCD(液晶)案内装置がついている。
その他はLED式がついている。
5000形
各停から優等列車まで幅広く使われています。
4・6両があり、4両の側面の窓は2段式に対し、6両は1段式となっている。
6両の一部にはドアチャイムが改造されてつけられている。また、6両の全編成には車椅子スペースがついている。
主に、江ノ島線・多摩線の各停運用、全線における急行・快速急行運用につくことが多い。
8000形
5000形と同様各停から優等運用まで幅広くつかわれている。
前のお顔が1枚窓のように見え当時人気だったらしい。
最近は、リニューアル工事が行われ最初の2編成をのぞくリニューアル車はVVVF化工事も行われている。
リニューアル化前の車両は界磁チョッパ制御である。
7000形(LSE)
ロマンスカーと言えば、赤く展望席をもったものというのが一般的だろう。
運転席を2階に設け、展望席を下に設け箱根への旅には人気である。
リニューアル前は塗装がオレンジ色だったが、10000形と同じ赤色に直した。
また、車椅子でも乗車ができる。
10000形(HiSE)
基本的な仕様は7000形と同じである。
特急の種別表示は従来の正面から側面に移された。
車椅子の人が乗車できず交通バリアフリー法に適応されず、7000形よりも早く引退の日がきそうな感じである。
現在はほとんど運用に入っておらず、見かけるのが大変である。
車両の一部は長野電鉄に売却することになっている。
20000形(RSE)
旧3000形(SE)の老朽化に伴いJR東海と共同開発してできた車両。
ちなみに、JRの車両は371系という。
小田急初のダブルデッカー車を持ち、2階席を小田急線内ではスーパーシートといい、JR線内ではグリーン車という。
2階席は各席に液晶テレビがついていたが、現在では撤去されているよう。
主に、あさぎり号の運用につくが、JR271系が運用についている時には、はこね号の運用にもつく。
多摩線のホームウェイ号の運用につくこともあり、江ノ島線以外では見ることができる。
30000形(EXE)
3100形の老朽化により登場したのがこの車両。
車両の長さが通勤車と同じ20mである。
基本は10両で、相模大野や小田原で6両と4両を切り離すことがある。
運用は全線で見られる。
以前までは相模大野で切り離し6両は小田原行き、4両は片瀬江ノ島行きというパターンが多かったが、現在では平日日中の江ノ島線ロマンスカーの廃止、土日祝日の江ノ島線10両運行が多くなり、相模大野ではあまりみられなくなった。
50000形
2005年3月にデビューした。今までのロマンスカーとはまったく違うデザインである。
有名な建築士がデザインしたそうだ。
車内にはLED照明やロマンスカーカフェを設け斬新である。
窓は大きく眺めもいい。
運用ははこね号、スーパーはこね号のみとなるため、回送時、試運転時を除いて多摩線、江ノ島線ではみれない。
余談にはなるが、タモリがロマンスカーは全部白いやつと思っていたらしく、乗りにきたらいつもので乗れなかったらしい。
初めての方はよく時刻表を見て乗るのが大切だ。まだ2編成しかないので偶然ではあたりづらい。

引退車

画像 解説
2600形
小田急初の20m大型車としてデビューをした。
特徴的な音を出し、すぐ2600だってわかる。
2004年5月に引退。
引退前は旧塗装に塗り替えられた。
4000形
音や内装の一部を除いて2600形とほとんど同じ。
2600形との違う点を挙げると、扇風機を備えている点、方向幕の側面が2600形(一部除く)の種別のみの表示ではなく、きちんと種別と行先も表示する。
2004年11月のダイヤ改正を前に密かに引退。
特にさよならイベントのようなものはなかった。
9000形
特徴的な顔を持ち、当時話題を呼んだのがこの9000形。
一部の人には骸骨列車とも呼ばれるくらいだ。
小田急と営団地下鉄(現東京地下鉄)との相互乗り入れのためにつくられた。
1000形がデビューしてからは、その座をゆずり、普通の運用についている。
2006年3月17日にJR113系(東海道線)と共に営業運転を終了する。
同年5月13日にさよなら運転をし引退する。
さよなら特集ページはこちら
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